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2011年6月 1日 (水)

東日本大震災:幼稚園児ら9人犠牲 情報途絶で遅れた避難

毎日新聞jp201154日)より

ただし、個人名は匿名とします。

また、色を変えたのは引用者です。

http://mainichi.jp/photo/news/20110504k0000e040005000c.html

 

(引用始め)

 

東日本大震災:幼稚園児ら9人犠牲 情報途絶で遅れた避難

 

 宮城県山元町の海岸線から約1.5キロ。私立ふじ幼稚園はあの日、園児51人が乗った送迎バス2台が津波に流され、園児8人と教員1人が亡くなっ た。地震後の停電でテレビが消えて津波警報は伝わらず、園にある防災無線も機能しなかった。エアポケットのように情報が途絶した幼稚園に、津波は容赦なく 襲いかかった。SN園長は遺族にこう謝罪した。「津波に対しての意識が甘かった。これがすべてと思います」【遠藤浩二、澤木政輝】

 余震と雨

 2台のバスは順次園児を送り届ける途中だった。送迎待ちの子供が教室と園庭で遊んでいた。午後2時46分、立っていられないほど揺れた。

 「泣いたり、叫んだりする子もいた」(教員)。揺れが収まると、教員たちは園児をなだめ全員を園庭に集め、点呼を取った。迎えに来た保護者に園児を引き渡した。

 午後3時10分から15分、2台のバスが帰ってきた。途中、ブロック塀が倒れ、ひび割れた道もあった。余震もある。運転手と教員は、すぐにはバスを出せないと判断した。

 雨が降ってきた。気温は5度前後。余震で園舎への避難は危険と考えた教員は園児をバスに乗せた。大型バスに33人、小型バスに18人。町役場への避難を考えていた。

 午後3時半ごろ。「津波だーっ」。園舎増築の作業員が叫びながら走ってきた。津波は、園庭の北東側から流れ込んできた。

 大型バス

 教員1人が乗っていた大型バスに、さらに4人が飛び乗った。津波に押され、バスは園庭の門に当たり止まったが、浸水。教員がドアを開けて園児を次々に屋根に上げた。

 前方にいた女性教員は4月10日に園が実施した遺族への説明会でこう話した。「浸水で私も息ができるかできないか、子供たちもおぼれかけていた。 何とか息ができるようにと(園児を)屋根の上に押し出したんですが、上れたのか流れていってしまったのか分かりません。(屋根に上がった後に)車外から手を入れてリュックがつかめた子が2人いたので引き上げました」

 別の女性教員は「子供たちは首だけ浮いている状態。茶色い水でいっぱいになって、子供の姿が見えなかった。もういないよね、いないでねという感じでした」と話した。

 水が引くのを待ち、園舎に残った教員らが流木や外したドアを使いバスとの間に架け橋を作り、園舎2階へと避難させた。だが、園児7人がいなかった。

 小型バス

 小型バスには、NJさん(49)ら教員2人が飛び乗った。バスは、園外に流れ、南西約150メートルの民家に衝突して止まった。

 車内の足元まで浸水した。Nさんらは、子供たち全員をバスの上に上げた。大声で叫び続けたが、救援がないまま暗くなった。Nさんと一緒にいた 女性教員が水に飛び込み民家の玄関が開いているのを見つけ、園児を1人ずつおんぶして2階に上がった。クローゼットから、ありったけの衣類や毛布を出し、 園児にかぶせた。

 Nさんと一緒だった女性教員は「2階に避難した時は18人全員意識がありました。数時間たってから、(園児)1人の意識がなくなり、J先生もだんだん衰弱して亡くなった」と報告した。

 捜索

 長女Yちゃん(5)が園に通うHYさん(33)は午後8時過ぎ、携帯電話のディスプレーの明かりだけを頼りに、胸まで水につかりながら1時間かけて園にたどり着いた。2階に、園児と教員、住民ら50人近くがいた。娘の姿は見えない。「他の子供たちはどこにいる」。その場にいた教員に詰め寄った。そばにいた若いカップルが「小型バスが流れて行った。泣き声と『助けてー』という叫び声が聞こえた」と話した。園を飛び出した。

 「ふじ幼稚園の園児はいますかー」。暗闇の中を叫びながら進んだ。「こっちに園児がいます」。民家の2階から声が聞こえた。2階に上がり「Yはいますか」と娘の名を告げた。いなかった。その場で崩れ落ちた。

 園児18人のうち、既に1人が息絶え、2人がぐったりしていた。「Yを捜しに行きたかったが、大人は私以外に2人しかいなかった。女の子が結衣のように見えた」。女児の傍らに座り看病した。翌朝、自衛隊や保護者に救出された。

 究明

 山元町によると、地震直後、消防が防災無線で津波警報を伝え、避難を呼び掛けた。町や警察、消防の車も沿岸部を中心に避難を訴えたという。昨年度、園内に設置したばかりの防災無線。だが、鈴木園長は「鳴らなかった」と説明する。園だけではない。近くに住む60代男性も「防災無線は鳴っていな い」。他にも「鳴らなかった」との訴えが町に寄せられている。原因は今も分かっていない。

 一方、園には津波の避難マニュアルがなく、地震後に誰もラジオをつけなかった。遺族への説明会は震災の1カ月後で、説明にあいまいな点も残る。

 長女Mちゃん(6)を亡くしたKYさん(35)は「教員がどう行動し、どこに問題があったのか、真実を知りたい」。長男Mちゃん(5)を亡くしたTMさん(30)は「Mが大好きだった園を責めたくはない。でもこのままでは、何が問題だったのか分からない。二度と私たちと同じ思いをする親を出さないようきちんと説明してほしい」と話した。

毎日新聞 201154日 1009分(最終更新 54日 1013分)

 

(引用終わり)

 

原因は分かりませんが、地震や津波の情報を伝えるべき防災無線が鳴らなかったそうです。

園にある防災無線>が<機能しなかった>事や、<園には津波の避難マニュアルがな>かった事について、場合によっては、<幼稚園>の管理責任が問われるかも知れません。

今後、日本中で防災無線の試験放送が増えそうな気がします。

同じことを何度も書いていますが、携帯電話等を使った別の方法も検討すべきです。

 

おわり

 

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「「生活利益を侵害せず」 防災無線放送で控訴審判決」

http://kumaokun.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-01b6.html


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