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2014年9月29日 (月)

「水説・遊び声がうるさい?」

「水説・遊び声がうるさい?」

 

毎日新聞(大阪本社版、2014年6月25日、13版、3面)に「水説・遊び声がうるさい?」(中村秀明)という記事が掲載されているので紹介します。

 

室井滋氏の新幹線内での紙をビリビリ破る音がうるさいか云々に続いて、保育所・幼稚園の騒音への苦情を取り上げ、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社、橋本典久)を引用し、子供の声に抗議する人は子供の声に接する機会が減ったので子供の声がありふれた音ではなくなり、気に障る音になった、と書いています。

そして、<騒音だと感じる人を「寛容でない」と非難するのは容易だが、解決にはならない>と騒音被害者を軽く非難し、最後にこの問題は「複雑な問題である。」と何の解決策も示さずに文章を締めくくっています。

 

私はこの本を読んでいないので何とも言えませんが、本当に保育所・幼稚園への苦情や訴訟が増えた理由は子供の声に接する機会が減ったから、なのでしょうか。

私の推測は以下のとおりです。

昔の人も子供の声を本心ではうるさいと思っていたが、我慢していた(泣き寝入り)。最近の騒音被害者は抗議の意見を言うようになった。

抗議をしても保育所・幼稚園やそれらを監督すべき行政の対応が悪いので、抗議をした人達はさらにいらいらを募らせ、我慢の限界に達して訴訟を決意する。

 

<一部では訴訟にまで発展している>(孫引き)と訴訟を何か悪いことかのように書いていますが、訴訟になるのは悪いことなのでしょうか。法人・行政と一個人という力関係に差がある当事者間で話し合うよりは司法が判断したほうが公平な判断になると思います。

 

ひとつの解決法として、特定個人の負担は全体で負担するという観点から、例えば、防音壁を作ってその費用の何割かを自治体で負担するというのはどうでしょうか。これくらいのことは既にしているのかもしれませんが。

 

保育園・幼稚園からの近隣騒音についてなら、運動会などの拡声器の音の方が子供の遊び声よりもはるかに大きいので、こちらのほうが問題になる気がします。

 

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