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2014年11月12日 (水)

「100分de名著・遠野物語」

「100分de名著・遠野物語」

 

「100分de名著・遠野物語」(2014年6月に4週に渡って放送)を観たので感想を書きます。

 

1)1回目「民話の里・遠野」

民俗学で有名な柳田国男の遠野物語。単なる昔話ではなく、どこの誰がどうしたという住所や人名まで出てきます。

 

爽やかなお話だけではなく残酷な話も出てきます。河童の子を身ごもったとして、生まれたばかりの子供を殺してしまうお話も紹介されていました。良い悪いではなく、当時はこのようにして人口調整をしていたそうです。今なら殺人罪が成立します。

 

母親が育てる気のない新生児をバナナの皮に包んで白アリに食べさせる「ヤノマミ」のような感じです。「ヤノマミ」を観て自分達とは違う価値観の中で暮らしている人達がこの世の中にはいると思っていましたが、日本もほんの数百年前はこんな感じでした。

 

2)2回目「神と繋がる者たち」

「遠野物語」は、およそ100年前の事を聞き書きしたものです。今回は特殊な能力があるひとのお話が紹介されています。おそらく知的障害や精神疾患を持った労働力としては役に立たない人を特技を生かして共同体として受け入れて共に暮らしている話です。

 

今なら精神疾患として治療の対象になるが(筆者注・もちろん治療により安定した生活を送れる人もいる)が、共同体から排除されがちです。対処法は無いが共同体と共に暮らすのと、どちらが良いのか。(伊集院光氏の発言の要約。)

 

火事を予言する人(ある人が民家に石を投げると必ずその家が火事になる話)なんて、民家に石を投げる様な人は今なら通報されて施設に入れられてしまうでしょう。共同体と共に暮らすといっても簡単ではなく、少し(というかかなり)変わった人を受け入れなければならなりません。

 

3)3回目「生と死 魂の行方」

遠野では生と死の境界はあいまいで行ったり来たりするというお話です。

 

神隠しにあった幼女が数十年後に老婆になって帰ってくるお話の所で、伊集院光氏が自身が中退した学校を見に行く話をしていました。悲哀というか何というか、深いものを感じましいた。

 

津波後の話。津波で生き残った男が亡くなった妻とその元彼に会った話です。男は妻が元彼の事を好きなのではないかと疑っていたが言い出せなかったのが深層心理にあったという事です。いわゆる涙を誘うような「良い話」ではありません。良く分からない話です。東日本大震災の復興の参考にならないと思います。この様な私から見たら訳の分からない話も含めて遠野物語なのかと思いました。近代科学は絶対に答えてくれない死(後の世界)を理解するヒントがあるのかもしれません。

 

4)第4回「自然との共生」

動物に対しても一人の人格を持った相手として対等に接するお話が紹介されていました。また、自然界には自然界の掟があると考えられていたそうです。近代合理主義・経済原則と昔からの言い伝えとのせめぎ合いです。語っている人も近代合理主義の側にいる事がポイントです。

 

序文の「外国にいる人に伝えたい」の意味は、外国にいる日本人と、外国の人という二つの意味だそうです。柳田国男は単なる遠野という地方や日本国内だけのことではなく、世界のどの地域にも通用する物語だと考えていたそうです。

 

最後に柳田国男の肉声で、良い事をするわけでもない、犯罪を犯すわけでもない普通の人々の生活を記したものを民俗学と名づけた、という趣旨の事を話していました。通常歴史に残るのは武将や作家などの変に活躍した人の事だけです。「遠野物語」は、遠野という集落で普通に生きる人達の物語です。

 

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