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2015年2月22日 - 2015年2月28日の1件の記事

2015年2月28日 (土)

「100分de名著・ファーブル昆虫記」

「100分de名著・ファーブル昆虫記」

 

NHK「100分de名著・ファーブル昆虫記」(2014年7月放送)を見たので感想を書きます。

 

1)第1回「命には必ず役割がある」

「ファーブル昆虫記」の原題は「昆虫学的回想録」という難しそうなものです。ただ、学術論文ではなく、一般の人も読める文章だというところがポイントです。ファーブルは55歳から30年間かけて昆虫記を書き上げたそうです。(特にこの時代の人としては)かなり遅咲きです。

 

ファーブルは子供の頃に「太陽を目で見ていること」を発見しました。それを家族に言っても笑われましたが、祖母だけは褒めてくれました。ここから、子供には絶対的な肯定が必要という話に。

このようにして健全な自己愛が育まれていき、少しくらい他人に非難された所でびくともしない人格が形成されていくのでしょう。虐待や「いじめ」はここを奪うものです。

 

家畜だけを輸入したのではフンだらけになったので、糞を処理するために甲虫も輸入した事例から、どんな虫でも役割があるという話に。

この理屈は、人間にも当てはまるということで良いのでしょうか。例えば凶悪な殺人犯はどうなるのでしょうか。

 

2)第2回「昆虫観察を天職と知る」

ファーブルの家が経営するカフェの経営がうまくいかず、一家離散。ファーブルは肉体労働をしながら放浪生活をしていたそうです。

15歳で師範学校に入学したので、これはファーブルの14歳くらいの頃です。何かを成し遂げるには健康で丈夫な体に生まれることが必要条件です。

 

その状態でもファーブルは昆虫への思いを忘れませんでした。働きながら勉強もして15歳で師範学校へ入学しました。生まれつき賢い子どもだったのでしょう。

 

1ヶ月分の給料で一冊の本を買います。このあたりが「普通」の感覚ではありません。並々ならぬ学問への情熱を感じます。そこに書かれていたのが、狩り蜂が捕まえた餌が腐らないことでした。次回へ続く。

 

3)第3回「本能の謎を解き明かす」

狩り蜂の本能は人間の生理学よりも優れている。本能と知能(状況判断)の違い。本能の賢さ、本能の愚かさ。

私はこのVTRを見て、生きたまま食べられる昆虫ではなく人間に生まれて良かったという本筋とは関係のない感想を持ちました。まあ、人間も他の人間に経済的・精神的に搾取されますが。

 

ファーブルは様々な実験をし、蛾が「知らせの発散物」を出していることを発見しました。今では性フェロモンと呼ばれています。

 

女子学生が聴講している講義で「雄しべ・雌しべ」について話し、カトリックから糾弾されて失業します。このあたりは科学的な問題だけではなく、宗教的な問題も関わってきます。この辺りはいかにも西洋という感じです。

 

その後、ファーブルは生活のために100冊以上の本を書き生活が安定したので、昆虫記を書き始めました。失業が結果としては良かったのかは分かりません。昆虫記を書くのがファーブルの本能のようなものなので、ファーブルは生きてさえいれば昆虫記を書いたのでしょう。

 

4)第4回「昆虫から学んだ生と死」

55歳になったファーブルは荒地を買い「アルマス」と名付けて昆虫を観察します。そこでうるさいセミの鳴き声が執筆の邪魔になり困ったそうです。

ファーブルが今の日本にいたら確実に防災無線・家電回収業者の拡声器騒音に悩まされ、行政に相談しても全く解決せずさらに悩みが深くなったはずです。今の日本に生まれなくて良かったですね。

 

妻と後継者にしようと思っていた子供の死。この子供に読んで欲しいという思いで昆虫記を易しい言葉で書いたそうです。

 

フランスが戦争になる。他の動物は同種族同士で殺し合わない。昆虫は力量が互角なときは戦わない。

ここは軍隊・核兵器が抑止力になるとして、軍隊・核兵器の保持を肯定する方向に傾き得る考えです。

 

ある昆虫の死は他の昆虫の命となる。数千匹の中で2匹のオスとメスが残ればあとは犠牲になっても種は絶滅しない。

ここは戦争などで王族のために一般庶民が犠牲になる事を肯定する方向に傾く考えです。また、優生学的な考えでもあります。

 

「死」を意識するのは人間だけ。「死は終わりではない。より高貴な生への入口である」

特攻隊にはこの様な「教育」がなされていたはずです。

 

ここで紹介されたいくつかのファーブルの考えは戦争や軍隊を肯定する方向に傾く(傾き得る)考えが多いです。私は賛成しません。昆虫と人間は違う種なので、違うルール(人権など)が適用されても別に問題はないと思います。1回目から3回目までは良かったのに、最終回で変な方向に行ってしまったと私は思いました。

 

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